宮沢賢治「風の又三郎」あらすじ・読書感想文

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”どっどど どどうど どどうど どどう”

というフレーズが印象的な作品「風の又三郎」。学校を舞台にしたお話ということもあって、短くて読みやすい内容になっており、読書感想文の題材としても書きやすい一冊です。

本記事では、

  • 簡単なあらすじ
  • 読書感想文の例文

をご紹介しています☆

簡単に内容を知りたい、感想文を書こうか考え中、といった際にはぜひご覧になってみてください👀

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あらすじ

どっどど どどうど どどうど どどう

青いくるみも吹きとばせ

すっぱいかりんも吹きとばせ

どっどど どどうど どどうど どどう

 

谷川の岸の小さな学校があり、9月1日の朝は天気が良かった。2人の1年生が学校に来て教室を覗くと、赤い髪の子どもが一番前の席に座っていた。嘉助たちやみんながやって来て、見たことのない赤毛の子が座っていたので、教室中がしんとなった。

6年生の一郎が来て、赤毛の子に「天気のいい日は外に出るように」と言ったが、その子は動かなかった。その時、風が吹いたので、嘉助は「風の又三郎だ」と言った。そして、五郎と耕助がけんかをしている間に教室から赤毛の子がいなくなった。すると先生が赤毛の子と歩いてきた。赤毛の子は高田三郎と言い、転校生だった。

 

次の日、皆は転校生が気になり早めに学校へ行った。転校生が運動場を歩き回っていると風が吹いてきたので、嘉助が「やっぱり風の又三郎だ」と言った。

次の朝、一郎たちは上の野原へ行った。そこには一郎の兄がおり、牧場の馬を土手から出さないように言って去って行った。最初は三郎が馬を怖がっていたが、馬の後ろから追いかけて皆で競争し始めた。そのうちに馬は柵の外へ飛び出し、皆は必死に追いかけた。すると嘉助がはぐれて道に迷い雨に濡れて、疲れて眠ってしまった。嘉助は又三郎が風になり飛んでいく夢を見た。やがて目が覚めると、すぐ近くに馬がおり、一郎や一郎の兄の呼ぶ声が聞こえて、皆と再会するとこができた。帰り道で嘉助は一郎に「三郎は風の神の子だ」と話した。

 

次の日の朝も雨が降っていたが昼頃にはやんだので、学校が終わってから皆で葡萄を採りに行った。些細なことから耕助と三郎が言い争いを始めたがすぐに仲直りをし、葡萄や栗を仲良く分けた。

次の朝は霧がひどかったが次第に晴れてきたので、また皆で泳ぎに行った。そこへ男がやって来て、汚れたわらじや脚絆を洗い始めたので「川を汚すな」と言って追い払った。

次の日も授業が終わると泳ぎに行った。皆で鬼ごっこをしていると、雷が鳴りだし、風が吹いてきた。すると誰かが三郎をからかうように「雨三郎、風の又三郎」と言いだした。三郎は誰が言ったのかと聞いても誰も知らないと言った。そして気味悪がりながら、皆で家に帰った。

 

どっどど どどうど どどうど どどう…

 

一郎は夢の中で、三郎から教わった歌を聞いた。驚いて飛び起きると嵐のようだった。胸騒ぎがした一郎は、夜が明けると嘉助を誘って大急ぎで学校へ行った。学校も水浸しだったので、嘉助と一緒に水を掃き出していると、宿直の先生がやって来た。一郎は「又三郎は来るか」と聞くと、「他の学校へ転校した」と先生が言った。それを聞いた嘉助は「やっぱり風の又三郎だ」と言った。

読書感想文

この物語に出てくる高田三郎はみんなから風の又三郎と呼ばれている。三郎がいると、決まったように風が吹くからだ。

 

私には、「雨女」と呼ばれる友達がいる。不思議な事に友達が家から出ると、雨が降り出すことが多い。遠足に行くときやキャンプも雨だったし、遊びに行く約束をした時も雨になる。その友達は、外で遊びたいのに雨が降っていて「外へ出られない」と文句を言うことがある。またその友達は、「もし私が干ばつで作物が育たない国に行ったら、神様に思われるかも」などと言って笑っていたが、遠足の前の日に天気予報で曇りマークが出ていると、必ず雨になると言って、気にして寂しそうにしていたこともある。

 

反対に私は見事な晴れ女で、傘をさすことが少ない。天気予報が80%雨だったとしても、私が出かけるときには、晴れなくても雨が上がる。お父さんには予報を見て「明日は20%の晴れになるな」と言われる。だから家族で出かけるときは、いつも晴れている。

でも、私は外で遊ぶより家の中で本を読むのが好きだから、雨が降ればいいのにと思うこともある。それはなぜかと言うと、おばあちゃんに「子供は風の子元気な子だから、外で元気に遊びなさい」と言われるからだ。今は、「本を読みたいのに」と思いながら、公園へ行くことがある。

 

私と友達は、遠足の前には「明日はどっちが勝つかな」と言ながら家に帰る。私は当然「晴れる」と言い、友達は「絶対雨だ」と言う。一度、二人で遊びに行ったときに、最初は晴れていて「今日は私の勝ち」と言っていたが、私が「お腹がすいてきたな」と思ったら、急にくもって来て雨が降り出した。友達は「やっぱり雨が降った」と言いながらチョコレートを食べていて、私もあわててチョコレートを食べたら、雨が上がったという不思議なことがあって二人で大笑いした。

 

高田三郎は本当に「風の子」なのかを考えた。三郎がこの村に来てから、毎日風が吹いてきて雨が降っている。三郎や村の子供たちは、外で遊ぶのが好きみたいだから、「風の又三郎」と言われた本人は、私の友達と同じで風が吹いたり雨が降ったりするのを気にしていて、寂しかったのではないかと思う。

この物語の最後には、三郎がこの村に来てから一週間ほどで、お別れの挨拶もしないで突然転校してしまった。自分がいるから天気が悪くなると思って、寂しく思いながら次の学校へ行ったとしたら、三郎がかわいそうだなと思う。そんな本人の不思議な巡り合わせのような事で、からかったりしてはいけないと思う。

 

私は、雨女の友達が大好きでいつも一緒にいる。もし、三郎が転校することなく村にずっといたら、雨が降っても、風が吹いても、晴れていても、関係なく仲良くなれる親友ができたかもしれない。友達になるのに天気は関係ないのだから。

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まとめ

「風の又三郎」のあらすじ・読書感想文について見てきました。すこし幻想的な部分もありつつ、しっかりと人間の良くない部分も描かれているのが印象的な作品です。

賢治の作品によく見られる特徴ですが、この「風の又三郎」も自然と教訓めいた内容がとけこんでいるように感じましたが、あなたはどう思いましたでしょうか?

 

その子がいるといつものように風が吹くことから、風の神の子と言われる高田三郎。神と呼ばれているけれど、、、悪くとらえると、浮いてしまいがちな転校生を子どもたちがからかっているような状況にも思えます。

転校生に限りませんが、みんなとちょっとちがうところがある子は、学校ではからかわれたりしがちですよね。その”ちがい”が良い風に思われればいいですが、悪く思われてしまうとつらいところ。

読書感想文を書く際には、そのあたりの体験・意見などを交えて書くことで、オリジナリティあふれる感想文が出来上がると思います☆

 

賢治の他の作品については、こちらで詳しくまとめています📖

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