芥川龍之介「藪の中」あらすじ・読書感想文|真相や作者が伝えたかったこととは?

感想文
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芥川龍之介の短編小説「藪の中」は、ある同じ事件について複数の人が証言をしているという物語です。

その証言がそれぞれ矛盾しており、事件の真相が何なのかわからなくさせている。まさに、タイトル通り真相が藪の中へと消えていってしまう、そんな構成になっています。

トリックが解決しないミステリーのような作品なのですが、その分自由に想像を広げることができ、読書感想文の題材としてもおすすめです。

本記事では、

  • あらすじ
  • 読書感想文
  • 解説(事件の真相、作者が伝えたかったことなど)

についてまとめています。読書感想文を書く際のヒントになれば幸いです☆

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あらすじ

検非違使に問われた木樵りの物語ーー

男は今朝方、裏山の藪の中にとある男の死骸を見つけたのだと物語った。草や竹の落ち葉は一面に踏み荒らされていたため、死んだ男はよほどひどいことでもしていたに違いないと、木樵りは推察してそう言った。

 

検非違使に問われた旅法師の物語ーー

昨日の昼、関山から山科へ向かう途中、旅法師は男に出会ったのだという。男は馬に乗った女と関山に歩いていた。女のほうは顔を隠していて見えず、馬は月毛の法師髪。男のほうは太刀と弓矢を携えていた。

 

検非違使に問われた放免の物語ーー

名高い盗人という多襄丸は、馬から落ちたのだろうか、粟田口の石橋の上でうんうんと呻っていたのを放免が保護したという。

時刻は昨夜の初更頃、午後七時から九時頃。死骸の男が持っていたはずの太刀と弓矢を両方携えており、馬も法師髪の月毛であった。多襄丸は女好きで、以前にも女房と女の童を殺したという噂がある。

 

検非違使に問われた嫗の物語ーー

男は嫗の娘の夫で、都ではなく、若狭の国府の侍。名を「金沢の武弘」といい、年は二十六歳で優しい男だったという。
一方、娘の名は「真砂」、年は十九歳で、男に勝るとも劣らぬ勝気な女である。
顔は浅黒く、左目尻にほくろのある、小さい瓜実顔だった。
武弘は昨日娘と一緒に、若狭へ立ったところだという。

 

多襄丸の白状ーー

「あの男を殺したのはわたしです。しかし女は殺しはしません。」

昨日の昼過ぎ、件の夫婦に出会った多襄丸は、嘘をついて二人を山に引き込み、まず男を縛り付け、女をそこに呼んだ。

だが女は「どちらか一人死んでくれ」と泣き叫ぶ。多襄丸は男と打ち合い、その胸を太刀で貫いた。

すると、女の姿がない。打ち合いで血に濡れた刀は、都に入る前に捨てたと白状した。

 

清水寺に来た女の懺悔ーー

「その紺の水干を着た男は、わたしを手ごめにしてしまうと、縛られた夫を眺めながら、嘲けるように笑いました」

女は気を失い、起きると男はいなかった。その後、泣きながら心中を誘うと、夫は承諾した。女は夫の胸を小刀で刺し殺したが、結局自分は死に切れなかったのだという。

 

巫女の口を借りた死霊の物語ーー

盗人が妻の女を手ごめにし、何かを伝え始めた。そんな話耳を傾けるなと言いたがったが、束縛が邪魔して何も言えない。そして妻が「ではどこへでもつれて行って下さい」と言うと、夫に指をさし「あの人を殺してください」と狂ったように叫び始めた。

盗人は夫に「あの女を殺すか?」と訴えかけてきたが、それを聞いた妻が藪の奥に逃げてしまう。盗人は男を解放すると藪の外に消え、男はついに目の前にあった妻の小刀で自分の胸を刺し貫いたという。

読書感想文

ある男が死んでいた、という語り出しから始まるこの物語は、不思議な不気味さを携えている。男の死骸の特徴を語る木樵の話を読むだけでは、まだこの話はどんなものなのか、まるで推察できなかった。ところが、だんだんと話を読み進めていくと、これは推理小説やサスペンスの類なのだとわかる。

 

検非違使というのは、今で言うところの「警察」だが、これは平安時代に活躍したのだと言う。つまり、この人たちは木樵たちに聞き込みをしているのだ。それぞれが被害者の特徴を証言する中で、だんだんと、話が食い違ってくる。

 

おやっ?と思い始めるのは、「清水寺に来た女の懺悔」以降からだ。

まず、その一つ前が重要な証人「多襄丸」という容疑者なのだが、この人は「男を殺したのは自分だ」と言っている。ところがその女と思しき女性は、清水寺で「夫の胸を小刀で貫いた」と証言している。これはおかしい。そして最後は、本人かどうかわからないが、恐らく被害者の男の霊が、「自分の胸を小刀で貫いた」と言っている。それぞれが、「自分の手で男を殺した」と言っていることになる。

 

物語は、果たしてどうなるのか?と思っていると、なんとこのまま結論が出ないまま、話が途切れている。結論を求められる世の中、この「誰が犯人かわからないまま終わる」というミステリーを読むと、「ああ、こういうタガの外れたものを作っても、いいんだなあ」と、頭がやわらかくなった。

最近の小説、といってもジャンルが様々あるが、話の大筋やキャラクターの設定が決まりきっているものが多く、こういった結論をごそっと読者にゆだねるようなものは、少ないんじゃないかと思う。そういう意味で言うと、この作品はまるで絵画のようだな、と思う。読み手によって、見え方がまるで異なるのではないだろうか。

 

それぞれの証言には、もう一箇所特徴的な部分がある。それは、女性が叫んだ言葉の種類が異なるということだ。

 

多襄丸の証言では「どちらかに死んで欲しい」と叫び、清水寺での女性の証言では「私は死にますが、あなたも死んでください」と心中を誘い、被害者の男の霊は「あの人を殺してください」と叫んだという。いずれにせよ男に死んで欲しがっているわけだが、多襄丸の証言は「勝った男に付いていく」という女性のしとやかさが鑑みられる。

 

女性本人の証言だと、結局死に切れない点、芯の強いようでか弱い女性の印象を受ける。そして最後の男の霊の証言、「殺せ!」と夫を別の男に殺させようとする、ひ弱だが他力でも相手を殺そうとする信念や深い業のようなものを感じた。

 

この三人それぞれの証言の違いから、一人の女性で様々な「女性像」を描いているのが、芥川龍之介のすごいところだと思う。

 

芥川龍之介は、この作品で「女」というものを描きたかったのかなと感じた。もちろん、最初から最後まで続く「ミステリー」の要素もそうなのだろうけれど、全体の軸になっているのはやはり「清水寺の女」だ。

世の中には、多襄丸というような女好きで、女のこととなると狂う輩がいて。男勝りな女がいて。生き恥を晒させるくらいなら、その男を殺してやりたいと、武士のような気高い心を持つ女がいる。

一方で、自分が死ぬのだから、あなただけ生きてるなんて!と相手にも死ぬことを強要する女や、他の男に夫を殺させようとする陰険な女まで出てくる。

 

芥川龍之介は、もしかして女が怖いのだろうか?それとも「女は一人でいろんな顔ができるんですよ」と、どこかで悟っていたのかもしれない。ドラマとかを見ていると、よく出てくるのはこういう「顔を使い分ける女」だ。確かに、女性はそういうのがうまいのかもしれない。

 

裏の顔、というのを使い分けるのは、並大抵のことではないのだろうと思う。なにせ、自分を偽ったり隠したりしているわけだから、素直とは程遠い。自分に嘘をついて生きるということは、心のストレスに他ならない。わたしも、人と接する中で、気をつかったりすると大体「いまストレス感じてるかも?」と思ったりする。この女か、それともいずれかは、誰を庇って生きているのだろう。死霊の言葉を語る巫女の言葉も、もしかしたら偽りかもしれない。

 

芥川龍之介の思惑は知れないが、人を庇い、自分を偽ったり、好きな人を求めて自分のや相手を窮地に追いやるのは、いずれも心苦しく、辛い生き方だろうと思う。わたしにも、実は好きな人がいる。あいての気持ちを思いやり、自分自分にならないよう、一緒に楽しくやっていくのにどうしたらよいのか、考えていきたいと思った。

【解説】事件の真相・作者が伝えたかったこととは?

それぞれの証言が微妙に食い違っているため、細かいストーリーを書くのは難しいですが、はっきりと言えることは、

 

”盗人(多襄丸)と夫婦が出会い、そこで何らかの事件があり、夫が殺され、盗人と妻は姿を消した”

 

ということです。

どのような出来事があって、殺人に至ったのか?その動機や犯人については、それぞれの証言によって変わってきます。

過去にもさまざまな研究があり、推理小説のように犯人探しのようなことが行われてきました。ここでは、そういった謎解きのようなことは省略したいと思います。

なぜなら、作者が伝えたかったことはそのようなことではないと考えるからです。

 

この小説のテーマは、

 

”現実”はひとつではない、それぞれの人に”現実”がある

 

ということではないかと思いました。

誰が犯人で、どのような方法で殺害されたのか、などよりも、”同じ出来事”であっても、関わる人の数だけ、それは存在するということではないでしょうか。

 

人によって、立場・主観・感情などは異なります。同じ現象を見て人に伝える時に、その人のフィルターを通すと、個性を帯びて微妙に違ったものになっていきます。

例えば、”自分に有利になるように伝える”というパターンです。今回のような事件の当事者になってしまった場合、保身のためにやってしまうというのは、イメージしやすいと思います。

一方で、感じたままを話す(有利・不利などを度外視して)という人も存在します。正直が美徳という価値観だってありますので。

 

ひとつの考え方を例にとってみましたが、ほかにもそれぞれの人には無数の価値観の違いがあります。だからこそ、同じ出来事に対しても、人の数だけ現実が生まれるということが、伝えたかったことではないかと感じました。

あなたはどう思われたでしょうか?

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まとめ

「藪の中」について見てきました。ミステリー風であるものの、謎は解決されずに結末がはっきりしない小説ですが、その分想像の余地は十分にあります。

読書感想文の題材としては、やや難易度が高めかもしれませんが、書いた後の達成感はまちがいありません☆

 

読書感想文の例文、解説などで作者が伝えたいことについて考察していますが、ほかにもまだちがった切り口があるかもしれません。ぜひ、自由に考えてみて「藪の中」を楽しんでみてはいかがでしょう(^^)/

この小説をもとにした映画 黒澤明監督の「羅生門」をあわせて見ると、より楽しめると思います。

映画では、証言内容について推理がされており一定の結論がでていますし、何よりおもしろいです👀そして、主演の三船敏郎の迫力!!

もし、「芥川龍之介の他の小説で読みやすいものはどんなものがあるんだろう?」と気になったら、おすすめ作品はこちらでまとめています📖

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